昨日は「沖縄復帰40年」の日でしたね。
本島最北端・辺戸岬に建つ「祖国復帰闘争碑」の写真を探してみたら
こんなの↓が出てきました。(2010年7月撮影)
祖国復帰闘争碑 posted by
(C)モリッツィオ軍用車両の荷台に乗った祖国復帰闘争碑!?
日米国家権力の恣意のままに、沖縄が軍事強化のために利用されているという「現実」が 象徴されているでしょう?
辺戸岬・駐車場にて posted by
(C)モリッツィオただ、↑こういう状況を角度を変えて撮っただけなのですがね…^^ また「現実」がどういうことになっているのかもモリッツィオにはわかりません。
だって、新聞などが現実を伝えてくれていないということはもう周知の事実なんでしょ? だったら所詮、一民草のモリッツィオが得られる情報に何の意味があるというのでしょう? 現実なんてわかりようもない。。。努力をして情報を集めたとしても、それでわかったようなつもりになるのも恐ろしい。。。と、モリッツィオは思うのです。(だからといって努力する必要がないとは思っていません。とても難しいところです…)
そしてそんな一民草として生まれて生き、死んでいくことを望んでいるのですから、ただただ「平和」がおとずれてくれることを願うのみです。(もちろん自分の力が及ぶ範囲では精一杯の努力をします^^)
というようなわけで、反戦などを声高に叫ぶことは性に合わないのですが、また新聞から情報を得ることも前途の内容に矛盾するのですが、…
沖縄タイムス | 祖国復帰闘争碑 磨き守って15年地元有志の方々が磨き守っておられるという祖国復帰闘争碑
その碑文を、今日は記しておきます。
祖国復帰闘争碑
全国の そして全世界の友人へ贈る
吹き渡る風の音に耳を傾けよ
権力に抗し復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ
打ち寄せる波濤の響きを聞け
戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
“鉄の暴風”やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は、米軍占領に引き続き、一九五二年四月二八日サンフランシスコ「平和」条約第三条により、屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた。米国の支配は傲慢で県民の自由と人権を蹂躙した。
祖国日本は海の彼方に遠く、沖縄県民の声は空しく消えた。
われわれの闘いは蟷螂の斧に擬された。
しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯であることを信じ、全国民に呼びかけ、全世界の人々に訴えた。
見よ、平和にたたずまう宜名真の里から、二七度線を断つ小舟は船出し、舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ。今踏まえている土こそ、辺土区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ。
一九七二年五月一五日、沖縄の祖国復帰は実現した。しかし県民の平和への願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。
しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのでもなく、ましてや勝利を記念するためにあるのでもない。
闘いをふり返り、大衆が信じ合い、自らの力を確め合い、決意を新たにし合うためにこそあり、人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の攝理の下に生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。
(碑文に句読点はありません。適当なところで勝手に打ちました。改行も適当)
posted by maurizio at 18:14|
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日々雑感2012年
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